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 決断の語源は,「どの堤防を断じるかを決めること」である。大規模な洪水が発生し,何もしなければ多数の村への被害が避けられない状況下で,人為的に堤防を決壊させることにより,一つの村を犠牲にして,それ以外の村を救う。これはまさに私達がイメージする「決断」だ。すべての責任を背負いリーダーは犠牲となる村を選ぶ。それは大多数にとっては,尊い犠牲だ。しかし選ばれた村の民は,どうやって自らが犠牲となる現実と折り合いをつけるのだろうか?助かった者たちの感謝の涙,リーダーの毅然とした謝罪,それだけが犠牲となった者たちが得るものなのか?もしそうであるならば,犠牲者を癒せるなどと思うことは偽善でしかないのではないのだろうか。

​ 歴史上繰り返された数多の決断の中で,犠牲は儚い。なぜなら決断であるためには,常に罪なき者の犠牲が,無慈悲な悲しみが必要だから。決断によって助けられた人々は,片目を閉じて目の前を通り過ぎた何かを忘れ,リーダーは両目を開けて悲劇をただ見つめる。決断は重く,普通の人々はその重さに耐えられない。私たちにできること,それはリーダーを選ぶこと,選んだリーダーが間違っていたとしても,無条件に受け入れることだけだ。「決断」における間違いは,誤った犠牲を生んでしまうことだが,正しい決断であっても,犠牲は生まれる。私たちは決断が生み出す犠牲者をどうやって癒すのかを常に求め続けなければならない。それが過去を学ぶ理由であり,「決断」から逃げないために自らを鼓舞することでもある。


【欧州の決断】中東に設定された直線の国境線
 直線は,とにかく人工的だ。私達の生活の中には数えきれない直線が存在しているが,それは誰かの意図であり,自然界に直線はないと言っていい。すべての物事は多様で複雑,一本の真っ直ぐな線で切り分けられることなど想像できるものではない。しかし,西欧列強は真っ直ぐな線で国と国を隔てた。合理的かつ明快に。しかし21世紀の現在でも,この国境線が多くの血を流させている。イスラム国はこの国境線を消し去ることが存在理由の一つであった。過ぎ去った時を見返す立場からは,どんな理由付けもできるし記憶を歪曲することも容易い。しかし,この決断を下した人々に,犠牲となる者たちの姿が見えていたとは到底思えない。もしかすると,今この時も,見えていないのかもしれない。もし,そうであったとしても,私たちはいかなる犠牲を払うとしても,新たな決断を下す勇気を持っていると信じたい。


【Apple取締役会の決断】自分達で追い出したスティーブ・ジョブスに託した会社再建
 ジョブスは,カリスマ経営者・クリエーターとしてのイメージが定着しているが,彼がイヤな奴であったことは,彼について書かれた本を読めばすぐに分かる。彼がイヤな奴であるからこそ,自分で作った会社から追い出された。しかし,Appleが経営危機に陥ると,会社の再建のために取締役会が白羽の矢を立てたのが,なんとジョブス,その人である。この決断にともなう犠牲とは何だったのだろうか?そもそも,これは決断なのだろうか?
 映画「ウォール街」に登場するカリスマ,ゴードン・ゲッコーは,ある会社の株主総会で豪語した。「欲は善である」。彼らの決断は,「欲」と自らの虚栄心の狭間で行われ,結局は「欲」が勝った。そしてAppleは世界最大級の企業となり,彼らに莫大な資産をもたらした。もし会社再建に失敗していたら,彼らはAppleから逃げ出し,すべてを嫌な奴のジョブズに押し付けただろうか。それともジョブズとAppleと共に全てを投げ打っただろうか?それは誰にも分らない。少なくとも,「決断」を下した彼らは勝ち,すべての手に入れた。


【小池都知事の決断】築地市場の移転延期
 小池都知事が下した築地市場移転延期の決断。賛否両論ある中で,いつの間にか人の記憶から消えていった。この決断の謎は,この決断で救われた大多数の人たちの顔が見えないことだ。一方,苦しんだ人たちの顔は容易に浮かぶ。果たしてこの決断は,救済だったのだろうか?
​​ はじめから今に至るまで,皆目見当がつかない。移転の延期により,オリンピック用の道路が間に合わなくなった,移転の延期により,業者へ税金を使って多額の保証金が支払われた,移転の延期により,築地市場への風評被害が広がった。政治的に言えば,東京都民の食の安心が高まったと言うことなのだろう。小池都知事の回答も手に取るように分かる。しかし,一方でこの決断は,”決断”という言葉がもつ潔さのイメージを使ったタチの悪いトリックだったのではないかと思える節もある。リーダーを選ぶのは私たちだが,リーダーの決断を瞬時に止めるすべを私たちは持たない。少なくとも決断を下したリーダーは,犠牲となった人々に救われた人々の感謝の念を届ける義務がある。決断することよりも,犠牲者の救済こそが,決断の本質なのかもしれない。


 今回は,決断を下す立場にいたリーダーや過去の決断についての本をリスティングした。素晴らしいリーダーはいつまでその評価を維持できるのか?また時に愚か者と言われたリーダーが,その正しさを再発見されることもある。常に正義は移ろいやすく,脆い。しかし決断が生み出した救済と悲劇は,変わることなく刻まれたままではないだろうか?




タイプ
リスト
公開状態
公開
公開予定日
2020-05-18
タグ
#犠牲 #悲劇 #リーダー論 #失敗学
登録件数
31
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388

失敗だらけの人類史 / Weir, Stephen 吉田 旬子 定木 大介 ウェイア ステファン -- 9784863134027

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【概 要】

人類の歴史は「失敗の歴史」ともいえる。しかもその失敗の多くは、優秀で善意に満ちた人々が、肝心なときに大事な判断を誤ったために引き起こされている。本書には、人類が犯した愚の骨頂とも言うべき失敗の数々が取り上げられている。それらは罪のないうっかりミスなどではすまされない。たくさんの人命や人々の暮らしを損なったり、国や王朝を滅ぼすような高い代償を払う結果をもたらした、実に愚かなヘマである。

【目 次】

アダムとイブ、禁断の木の実を口にする
パリスがメネラオスの美人妻をさらう
ハンニバル、軍勢を率いてアルプスを越える
クレオパトラ、アントニウスと手を結ぶ
皇帝ネロとローマの大火
バイキングの探検家、グリーンランドに入植
教皇シルウェステル2世と世界の終わり
アレクサンデル3世とプレスター・ジョンの探索
ポジェブラト、欧州統合のアイデアを各国に売り込む
モンテスマ2世、スペイン人侵略者を歓迎する〔ほか〕

【書 誌】

タイトル
失敗だらけの人類史
ISBN
9784863134027
著者
Weir, Stephen 吉田 旬子 定木 大介 ウェイア ステファン
出版社
日経ナショナルジオグラフィック社 : 日経BPマーケティング
出版年

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Resource : openBD

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