「社会モデル」の視点を持っているかどうかで世界の見え方はまるで違ってくる!
「合理的配慮」を理解するには、多数派中心の社会がつくっているバリアに気づくことから。
多種多様な人たちが力づけられ平等に生きられる社会へと変えていくための、大事な見方・考え方がこの一冊に!
はじめに
PART 1 「社会モデルで考える」ためのレッスン
レッスン1 「特権」をもつ側であること
レッスン2 情報のバリアを放置してきた社会に気づく
レッスン3 「対話」はなぜ大事で、どんな時に難しいのか
レッスン4 文化的障壁(社会の慣行、価値観などのバリア)を考える
レッスン5 学びの場と合理的配慮1--学ぶ権利を保障する
レッスン6 学びの場と合理的配慮2--障害のある先生
レッスン7 研修、啓発のあり方を考える
レッスン8 複合差別を考えるーー幾重にも「マジョリティ中心」の社会の中で
レッスン9 社会モデルは「障害」のことだけじゃない
レッスン10 障害者バッシング
レッスン11 相模原障害者殺傷事件の後で
レッスン12 「うしろめたさ」とつきあう
PART 2 「社会モデル」にまつわる個人史から
1 最初の出会い
2 なぜ人権教育に興味をもって進学したか
3 どうやって「社会モデル」を知り、納得したか
4 なぜ2006年夏に権利条約ができるところを見に行ったのか
5 なぜ「条例づくり」に興味を持ったのか(2008年秋の転機)
6 条例づくり運動で何を学んだのか
7 なぜ「社会モデルの普及」がライフワークになったのか(2014年〜)──障害者差別解消法のことを書いたり話したりする日々の中で
8 そして今──改正障害者差別解消法の施行も踏まえて
おわりに
「障害のある人の生きづらさは、その人の医学的欠損に原因がある、とうい従来からの考え方は「障害の医学モデル」と呼ばれる。そうではなく、健常者仕様で社会ができていて、多様な心身をもつ人たちのニーズを置き去りにしてきてしまったことこそが、生きづらさの原因である、と考えるのが「障害の社会モデル」だ。置き去りにされてしまった人が、例えば学習に参加するのにバリアがあるなら、そのバリアをとりのぞくのは当然だ、と考えるのが「社会モデル」だ。この「社会モデル」は、今や国際標準の障害観であり、障害者権利条約のベースにもなっている。」(p101)
医学モデルで考えていると、個人の決定や個人の責任がどうしても重くなり、気がつくと他人や自分を責めちゃう瞬間が増える気がします。思考を社会モデルに切り替えるスキルをもって社会を見渡すことができれば、社会のデザインでできること、これからの研究開発ができることを、想像力豊かに楽しんで検討することができそうです。読みやすく、色々染みる、大変すてきな一冊です。